ロボコン −苦悩から栄光までの全歴史−


 笠岡高校物理部は岡山県浅口郡里庄町の科学振興仁科財団が主催するロボットコンテストに1997年(第5回大会)から出場している。

 「高校生・一般の部」には工業高校の強豪ロボットが多数出場している。彼らの多くは専門的な設備に囲まれている上、そもそもロボコン出場も正課(授業の一環)として認められている場合も多いという。(対してただの普通科である笠岡高校物理部は、放課後のわずかな活動時間にわずかな工具を使ってロボットを作らなくてはならない。)
 そんな専門家集団に混じって、いい成績を残すのは大変なことである。

 ――ロボコン出場の道を切り開いた当時の部長はこういった。

さぁ後輩達、今年だけで終わらせないように、来年も頑張ってくれよぉ!

 この言葉通り、物理部は毎年チャレンジし続けた。失格して戦うことすらできなかった1年目、ロボットが前進すらしなかった2年目、ロボットが完成せずに棄権の危機に立った3年目…。

 そして参加7年目の2003年、遂に物理部は快挙を達成した。出場51台中第3位という栄光に輝いたのである。
 その記念として作成したのがこの物理部ロボコン史である。2003年だけの記念企画にとどめず、2004年度以降もできるだけ更新するつもりである。


ロボコンでの成績

出場年度

出場マシン台数

マシン名
(出場中最高成績のマシン)

操縦者
(上:操縦者)
(下:操縦補助)
成績 詳細
1997年 1台 ピンポンキャッチャー号
(ぴんぽんきゃっちゃーごう)
三宅裕志
柳本直希
失格
(規定サイズオーバー)
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1998年 1台 烈面號改
(れっつらごうかい)
原 洋貴
鈴木健正
初戦引き分け
(じゃんけんに負けて初戦敗退)
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1999年 1台 烈面號零式
(れっつらごうぜろしき)
原 洋貴
小田泰丈
予選敗退
(予選0点)
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2000年 2台 沈まないタイラニック
(しずまないたいらにっく)
原田尚与志
藤井 朗
予選敗退
(予選0点)
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2001年 6台
(うち棄権1台)
烈面號ドッペル君
(れっつらごうどっぺるくん)
高井康浩
福島直文
予選敗退
(予選110点)
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2002年 4台 ツヴァイト
(つう゛ぁいと)
山下悟史
撰 広嗣
予選敗退
(予選130点)
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2003年 5台 ワンダバ256号
(わんだば256ごう)
撰 広嗣
井上拓也
決勝第3位
(準決勝2000点)
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2004年 7台 ワンダバコピー
(わんだばこぴー)
撰 広嗣
吉川勝也
決勝第3位・特別賞受賞
(最高得点3550点)
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※1999年度から予選制導入